茶道具の歴史には意外なエピソードもあります

日本人なら知っておきたい、茶道具の歴史について説明します。茶道具と関係の深いお茶は、日本ではなく他国から伝来してきました。現在、世界で一番人口が多い中国です。ただし、当時のお茶は純粋に嗜むものでなく、趣が違いました。博打をするために茶道を行っていたのです。お茶を飲んでどんな銘柄なのかを当てるという行為で、金品や現金を賭けるためのギャンブルにもっぱら用いられていました。そのため、茶道具は今のように茶道のための道具という認識ではなかったのです。

そして、時代が進んでいくと当時の貴族は茶道とはお茶を飲むことよりも、自慢の茶道具を見せることを通して自分を誇示することに意義があると考えるようになりました。茶道具一式自体も、当然ながら輸入先は中国で、唐物という磁器を主に用いていました。磁器は、価格が高価なものであった故に、貴族自身が使っている茶道具の磁器が、どれほど希少価値があって貴重なものか、価値があるのかというのを見せつけるためという目的のためだけに茶道をしました。先に述べたギャンブルに類似点があります。

こんな状況を変えたのが、有名な歴史上の人物である千利休です。質素倹約を目標に茶道を行っていた千利休は、貴族の間でも主流だった高価な磁器をあえて使いませんでした。代わりに楽茶わんという茶道具を新しく製作しました。楽茶わんとは、お茶を入れるための茶わんで、熱湯を入れても熱く感じない代物です。現在のコップと同じものです。千利休による普及活動の結果、高価な茶道具を披露するだけという使い道から、茶道に使用されるために必要不可欠な茶道具へとその役割を変化させていったのです。

まとめると茶道具は、初めは博打など遊び半分に使われていましたが、茶道にとって、なくてはならないものとなりました。千利休の存在があったからこそ、今日の茶道具は世界が注目する茶道を支える道具として、その役割を得るといったことができたのです。